私は、大学1年生の早期体験学習で、
薬学部を辞めたくなるほど、薬剤師の未来に対して絶望しました。

周りの友達も薬剤師の価値を低く思っていたり、
早期体験学習先の薬剤部長からも、辛い言葉を聞かされました。


後々それは、私が視野が狭いだけだったのですが、
それが、薬学生として活動をはじめるきっかけになりました。


大学3年生の頃、世界の薬学生の間で、
PPAC(Pharmacy Profession Awareness Campaign:薬剤師専門性啓発キャンペーン)が行われていることを知りました。

・薬剤師に頼ろう!とビラをもって、街を練り歩くエジプトの薬学生。
・お薬相談ブースを開く、タイの薬学生。
・薬剤師になりきり、模擬調剤を体験するアメリカの薬学生。
・大学体育館で、軟膏練り体験、散剤や水剤を調整する体験を地域の人にレクチャーするシンガポールの薬学生。

私はとても刺激を受けました。
大学の学祭で、日本の活動で、私はどんなPPACができるのか?と考えました。

日本では様々な大学や、団体の活動で、
お菓子をお薬に見立てて、分包機でパックする模擬調剤が行われていました。
私も模擬調剤体験ブースを開こうと考えましたが、あることにひっかかりました。

当時、薬剤師不要論が叫ばれ、「袋詰め師」「薬を右から左に流すだけ」と言われ、薬剤師の見える化が必要だといわれていたにもかかわらず、
分包機を使った薬剤師体験は、「袋詰め師」と何が違うのか?ということでした。

そこで、考えたのは
子ども達に、薬剤師が何を大切にしているか?を伝えることが
薬剤師を知ってもらえる第一歩になるのではないか?ということです。

薬剤師が大切にしていることは、「薬の適正使用」だと私は思いました。

さらに調べると、薬の適正使用を早期から教育する「薬育」という言葉を知りました。

つまり、「薬育」を行うことが、PPACに繋がるのではないか?
と考えました。


その時に思いついたアイディアは、
病気の模型と同じ重さになるように薬の模型を集める模擬調剤体験でした。

患者さんが来局する時に、病気の模型と処方せんをもってきます。
薬剤師になった子ども達は、病気の模型を左手に。処方せんを机に。ガチャポンのカプセルを右手に持ちます。

処方せんと同じ絵柄の薬を、カプセルにどんどん入れていき、病気の模型と同じ重さになるようにします。

完成すれば、薬効測定が出来る天秤に乗せます。
薬が軽ければ、病気に傾き、赤のゾーンに入ってしまい、病気は治りません。
薬が重過ぎれば、薬に傾き、赤のゾーンに入ってしまい、薬が体に悪さをします。
そのため、おなじ重さにして緑のゾーンにいれなければならないのです。

このように、薬の適正量をビジュアルで表現する体験は、
子ども達に受け入れてもらえました。

その後、全国の薬学生にPPACは広がりました。
(卒論も、薬育活動を論文にしました)

嬉しいことに、薬剤師の未来に絶望していた他の薬学生も
PPACをきっかけに、広い視野を持ち、多くの薬剤師の先生と出会い、
希望を取り戻した話も聞くことができました。

私は、卒後、公務員として病院薬剤師をしながら、
ボランティア活動として、新しい薬育教材を作り、全国で活動してきました。

病院を退職し、2020年4月に薬局を開局。
全国に、薬育活動を広げたいと思い、
2020年9月25日に、NPO法人 日本薬育研究会(薬育ラボ)を設立しました。

今、法人化して活動をスタートしましたが、
全国の薬剤師の先生、教育者の方が会員として参加してくださり、
薬育活動の輪が広がろうとしています。

このメモも、誰かの心に届けることができれば、幸いです。

■NPO法人 薬育ラボ
http://yakuiku-labo.jp/

 

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プロフィール

小路 晃平(万吉)
性別
男性
最終ログイン
自己紹介
学生時代は、学生団体で公衆衛生活動を中心に地域で活動。
卒後、石川県で病院薬剤師として5年間、病棟やNSTに従事。
薬剤師6年目(2020年)に大分県で薬局を開局。
2020年10月より、特定非営利活動法人 日本薬育研究会を設立。

薬育活動を中心にメモを書きます。
保有資格
薬剤師

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