家の鍵を首につけている子供は「鍵っ子」
と呼ばれることが以前はありました。
自分が子供の頃は共働きの家は多くなかったです。
また、防犯上の問題から現在は鍵を首から下げている子は少ないと思います。


僕はいわゆる鍵っ子でした。
父はサラリーマン、母は教師でした。
父は帰りが遅く、母も部活動を受け持っており、帰りが毎日遅かったです。


児童館から家に帰るとアニメの再放送を見ながら、親が帰るのを待ちました。
キテレツ大百科、ドラゴンボールは再放送が良くやっていたので、何度も見てました。
早く帰ってテレビをつけてしまうと、世にも奇妙な物語の再放送が流れてしまうので、
なるべく家に帰るのは遅くしていました。
あの音楽は今でも軽いトラウマです笑


台風でびしょ濡れになって帰っても1人。
そんな時、近くに住んでいる友達のお母さんが家に呼んでくれて、暖かいお風呂とおやつを食べさせてくれたのは今でも覚えています。
家に帰ると家族がいて、おやつを出してくれるような家庭に憧れを持っていました。


家に1人でいる時間を少なくするため、
学校が終わると毎日
「中山西公園に集合ね」と号令をかけ、毎日遅くまで友達と遊んでいました。


そんな僕が「乗りこえる」というテーマを考えたとき、
思い返すといつも、仲間と一緒に共有していたように思います。


国家試験という人生で一番くらいのプレッシャーのとき、
同級生と共に勉強し、時に遊び、乗りこえた。


社会人になって仕事や人間関係で困ったとき、
同期と毎週飲み歩いたり、素敵な先輩にアドバイスをもらったり、信頼できる後輩に助けてもらい、乗りこえた。


研究で行き詰まったとき、
多職種、他業種の人と相談しながら、それぞれの専門性を生かして、乗り越えた。


みなさんも自分一人で乗りこえた経験よりも、
仲間と一緒だったから乗りこえられたという経験の方が多いのではないでしょうか?
文化祭ってたくさん大変なことがあるけど、終わってみると一緒に取り組めた人と仲良くなっててみんながいたから素晴らしい文化祭が出来たよ!みたいな感じかなと思います。


だけど、時には乗りこえられなくても良いのかなとも思います。
僕は今、とても乗りこえられないことにぶつかっています。
これは乗りこえられるか正直わからないです。
だけど、仲間とこの出来事を共有し、寄り添っていきたいと今は思っています。


「嫌われる勇気」、「夢をかなえるゾウ」、「7つの習慣」、「翼はいつまでも」、、
たくさんの本を読んで自分の内面を武装したり、豊かにすることもできます。
本から得られる情報も大切ですが、身近な仲間から得られる情報も同じように大切です。
身近で同じような経験をしているからこそ、とても芯を食っていて、自分にとって大きな影響を与えることが多々あります。


鍵っ子だった僕は仲間に恵まれる運を強く持っています。
何かの壁にぶつかった時、
仲間と一緒に乗りこえる、あるいは寄り添っていくこと
僕なりの乗りこえるだと思います。


壁にぶつかっている誰かの背中をそっと押せるようなものになれば良いなと思いながら書いてみました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
 

このメモを見た人がよく見ているメモ

プロフィール

yossi
性別
男性
最終ログイン
自己紹介
クスリは反対から読むとリスクです。クスリに情報が加わると医薬品になると考えています。日常業務の情報を発信して行きたいと思います。
保有資格
日本医療薬学専門薬剤師

アクセスカウンター

52
今日のアクセス
110
昨日のアクセス
187673
総アクセス数

カレンダー

2024/4
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

アーカイブ

管理者に通報

利用規約に反している場合は管理者までお知らせください。

管理者に通報
ページ先頭へ戻る
読み込み中です